歴史ある高台
飛鳥時代から人が住む、
開放感ある高台の住宅専用地域。

外観完成予想CG

江戸時代の前から
このエリアの中心地
であった「上中里」。

上中里周辺の歴史は古く、貝塚、古墳など古代から人が住み、この一帯の中心であったことを窺わせる史跡が多く発見されています。江戸時代初期は、鷹場として将軍も度々訪れていた地。大名の別邸なども点在していました。江戸後期には江戸庶民の行楽の場として、近隣の飛鳥山などが人気を呼んでいました。その後、明治・大正時代には財界人に愛された地となり、その庭園は今も多くの人々を魅了しています。

徳川十三代将軍御鷹野之図 ※板橋区立郷土資料館の所蔵

平塚神社
(約220m/徒歩3分)

豊島氏の居城平塚城があった場所といわれる平塚神社。源義家、義綱、義光が祀られ、今も有形文化財である平塚神社文書と縁起絵巻が伝承されています。

渋沢史料館
(約1,160m/徒歩15分)

近代を代表する実業家、渋沢栄一が1879年から亡くなる1931年を過ごした邸宅跡地。晩香盧・青淵文庫が残り、飛鳥山公園の一画に邸宅あった場所として開放されています。

旧古河庭園
(約440m/徒歩6分)

古河財閥の古河虎之助男爵が1917年から暮らした大邸宅。今や都立公園として国の名勝に指定されています。洋館、西洋庭園、日本庭園の形に整えられ、バラの名所としても有名です。

高台の開放感と住宅地の
静穏な雰囲気を併せ持つ
暮らしの舞台。

大きな開放感を得ている北側と、低層住宅が並び高台眺望が得られる南側でおだやかな環境を手にしています。標高20mを超える高台にある敷地を効果的に利用しながら、全戸南向きの配棟計画を実施。日当たりや風通しなどの良さを満喫できる開放感あふれるレジデンスがここに誕生しました。

高低差概念図

武蔵野台地の安定した
地盤で、永く暮らす

武蔵野台地に位置し、安定した地盤の上に立つ本件は、水害や地震による液状化の被害を受ける可能性が少ないエリアになります。江戸時代から続く景勝地、飛鳥山や旧古河庭園、六義園など時代を超えて変わらぬ価値を受け継ぐ丘が、暮らしの安心を支えます。

武蔵野台地構造図

JR京浜東北線駅
徒歩2分の高台立地という価値

バウス上中里が誕生する立地は都内の駅徒歩2分という希少性に加え、高台の住宅専用地域という大変恵まれた条件といえます。そこに家族が余裕を持って暮らせる3LDK中心で全邸南向きのプランを実現しました。都心でありながら穏やかな住環境がもたらす暮らしには多くの人を魅了する高い価値が備わっていることでしょう。

物件エントリーとは

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※掲載の眺望写真は現地8階より撮影(2021年9月)したものです。
※掲載の完成予想CGは、計画段階の図面を基に描き起こしたものであり、実際とは異なります。雨樋、エアコン室外機・給湯器等再現されていない設備機器等もございます。また、植栽は特定の季節やご入居時の状態を想定して描かれたものではありません。周辺道路・建物等は簡略化しております。
※表示距離は現地からの地図上の概算です。徒歩分数は80m=1分として算出し、端数は切り上げております。
※掲載の環境写真は、2021年9月時点のものです。
※掲載の施設・店舗は、2021年9月時点のものです。
※掲載の高低差概念図は、国土地理院地図・航空写真などを基に作成したもので、表現されている建物の高さ・形状・色等は実際とは異なります。周辺の道路・建物・街路樹などは一部簡略化しており実際とは異なります。
※掲載の地盤概念図は、国土地理院の1:25,000デジタル標高地形図「東京都区部」から、現地付近を拡大、それぞれの位置を指定したものです。海抜はおおよそのもので、計測地点より異なります。