POSITION

きれいに整備された駅前の歩道。
穏やかに広がる住宅街。
人と自然が仲良く共存する街の、
一歩奥まった南傾斜の地。
そんな優しい場所に「暮らしのBASE」が誕生します。

「新井宿」駅
「新井宿」駅(現地より徒歩7分/約560m)

駅前はキレイに整備された歩道

埼玉高速鉄道線「新井宿」駅前は歩きやすい歩道です。戸建住宅中心の街並みは空の広がりもひときわ。おおらかな歩道に並木が続き、都心から住まいへと帰る開放感を実感させてくれます。そんな穏やかな街を歩いて7分の地に「バウス川口新井宿(イイな!BASE KAWAGUCHI)」は誕生します。

立地は一歩奥まった南傾斜の高台
駅前から続く通りを一歩奥まり、まるで秘密基地へと帰るような高揚感とともに高台の計画地へ。南には緑をまとう戸建住宅の街並みが穏やかに広がり開放的な眺望が期待できます。ひととき都心の賑わいを忘れて心を解き放つ「BASE」に暮らす。この喜びを実感してください。
住宅地の環境が末永く守られる地
計画地周辺は住宅地としての良好な環境が保持される第一種住居地域です。さらに南には低層住宅地のために厳しい基準が定められている第一種低層住居専用地域が広がり、高い建物が制限されていつまでも心地よく暮らせる開放感のある環境が守られます。
建物をしっかり支える強固な地盤
計画地がある新井宿エリアは全域が安行台地(大宮台地)と呼ばれる洪積台地に当たります。火山灰が永い歳月をかけて堆積した関東ローム層であり、歴史が古く強固な地盤を誇ります。そのためハザードマップでは、川口市内でも安定したエリアであることが示されています。
POINT.04
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緑の貴重な資源を守る取り組み
都心の近郊にありながら安行台地の豊かな自然が息づく川口市。この貴重な緑の資源を活かすため「第2次川口市緑の基本計画(2019年度〜2033年度)」が策定されました。計画地が位置する市の北部は「緑の保全と創出エリア」にあたり、緑との調和を図った市街化が進んでいます。

HISTORY

古く縄文時代より安行台地に人が暮らし始め
やがて江戸に間近な産業地として
華々しく発展した川口。
そこに刻まれた歴史は
地域の人びとの誇りとなる物語です。

伊奈氏の業績

イイナパーク川口
イイナパーク川口(現地より徒歩8分/約620m)

関東の基礎を築き、民衆に慕われてきた伊奈氏

伊奈氏は現在の川口市北部・草加市西部にあたる赤山領を拠点に200年にわたり善政を施してきた旗本の氏族です。徳川による関東領国支配の中心的役割を担い、噴火や水害など被災地の復興にも力を注ぎ、民衆を守り続けて篤く信頼されてきました。中でもひときわ大きい功績が利根川の東遷であり、忠治から親子3代にわたる大事業で度々大水害を起こした利根川を太平洋に流し、江戸の巨大水運網を整備してインフラの基礎を築き上げたのです。

伊奈氏200年の略歴

1590年
伊奈忠次、徳川家康に関東代官頭に任命される
1594年
忠次が千住大橋を架橋
1594年
小笠原三郎左衛門が会の川を締め切り(利根川の東遷の始まり)
1618年
伊奈忠治が赤山領を拝領
1621年
新川通りを開削。第一回赤堀川の開削始まる
1629年
赤山陣屋を設ける
1638年
忠治が勘定奉行になる
1641年
江戸川の開削始まる
1647年
赤堀川を増削、利根川の流水が注ぐようになる
1707年
伊奈忠順、宝永噴火の被災地の復旧にあたる
1742年
伊奈忠逵、寛保大水害の救済復旧の総奉行にあたる
1786年
伊奈忠尊、関東水害の復旧に努める
1792年
赤山陣屋を破却
赤山陣屋跡
赤山陣屋跡(現地より徒歩10分/約800m)

伊奈氏の歴史に想いを馳せる赤山陣屋跡

伊奈氏三代・忠治の時に幕府から赤山領7千石を拝領後に陣屋を移し関東支配の拠点としたのが赤山陣屋です。現在は赤山陣屋跡として本丸・二の丸跡を中心に保存整備が進められ、竹林や桜など美しい風景を楽しむことができます。

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