バウスマガジン
2026.08.28
暮らし
うれしいときも悲しいときも、そっと心に寄り添い、癒しをもたらしてくれるペット。なかでも犬は、およそ1万年以上も前から、人間のよきパートナーとして共に暮らしてきた特別な存在です。
「ペットは家族」だからこそ考えたい、愛犬の幸せ――。そこで、ドッグスクール「DOGSHIP Harbor(ドッグシップ ハーバー)」代表を務めるヒューマン・ドッグ トレーナーの須﨑大さんに、犬との暮らしで大切にしたいことをお聞きしました。
「いつかは犬と暮らしたい」そんな願いを持っていても、いざ迎えるとなると、たくさんの犬種があるなか、何をポイントに決めればよいのか、迷ってしまう人もいるかもしれません。
須﨑さんのドッグスクールには、犬を迎えたいと思っている方が、事前に相談に来ることもあるそうです。そんなときはまず、スクールにいるさまざまな犬と触れ合ってもらいながら、「犬と一緒に、どのようなライフスタイルを送りたいですか?」と聞くようにしているとのこと。
例えば、キャンプなどのアウトドアを一緒に楽しみたい方には、ボーダー・コリーやラブラドール・レトリーバーなどの犬種がよいかもしれません。牧羊犬や狩猟犬をルーツに持つ犬種は、運動能力と洞察力が高いので、アクティブ派のよき相棒になってくれるはずです。
飼い主が年配の方や、小さなお子さんがいる家庭の場合、逆に運動量が負担にならないよう、トイ・プードルをはじめとする愛玩犬との相性が合いやすい――といった具合です。
オオカミを祖先とする犬は、人と共に暮らしていくなかで、目的に応じた交配が行われ、多様な「犬種」が誕生しました。この犬種による特性をしっかりと理解しておくことは、犬との信頼関係を築くうえでとても大切なのだと、須﨑さんは語ります。
「僕がトレーナーとして犬と向き合うとき、その犬の個性はもちろん、イヌ科としての属性、犬種による特性という、3つの“性”を意識しています。飼い主さんから相談されるお悩みも、犬種による特性が関わっている場合が少なくありません」(須﨑さん)
以前、ボーダー・コリーの飼い主から「散歩中に見知らぬ自転車やランナーを追いかけてしまう」と相談された須﨑さん。
飼い主へのヒアリングや、実際に散歩をしているときの様子を確認したところ、運動量が絶対的に足りていないことに加え、過度にストレスをためていて、自転車やランナーの動きが刺激となっていたことがわかりました。
牧羊犬がルーツという特性から、その犬にとって自転車やランナーはまさに「羊」のように映り、転嫁行動(※犬が抱いた感情や衝動を、本来の対象とは異なる別のものに向けること)として反応していたのです。
犬種によるルーツや特性を調べてみることは、問題行動の解消のヒントとなりますが、それだけではありません。愛犬の意外な一面や秘めた能力・魅力をより深く知るきっかけにもなります。
そうなると気になるのが、近年、日本における人気犬種としてトップを誇る、トイ・プードルの特性です。プードル種のなかでもっとも小型なトイ・プードルは、中世ヨーロッパで、愛玩犬として多くの貴族に愛されていました。
「その歴史どおり、トイ・プードルは飼い主から愛情をもらうのが仕事です。なので、基本的に寂しがりやですし留守番も苦手。たくさんの愛情を欲するので、わがままや主張もしっかりとします。つまり、手のかかる子ほど、トイ・プードルとしての役目を一生懸命に果たしているともいえますね(笑)」(須﨑さん)
なんと、愛されることが特性とは! とはいえ、飼い主としてはマナーを身につけてほしいと思うもの。すると須﨑さんは、「特性だから仕方がない」とあきらめるのではなく、「特性としてこういう傾向がある」という点を理解したうえで、どう関わっていくかを考えることが重要なのだと教えてくれました。
確かに、吠えているときでも、「静かにして」ではなく「愛情を引き出そうとしているのだ」と思えば、受け止め方や声の掛け方が変わりそうです。
「こうした知識によって、トレーニングのアプローチ方法が変わってきますし、飼い主さんの意識にも変化が起こります。飼い主さんの関わり方が変われば、犬は必ず変わってくれます。しつけはネガティブなものではなく、飼い主さんが描くライフスタイルや幸せなビジョンに近づけるためのもの。“お互いに頑張ろうね!”と、ワクワクしながら取り組んでほしいと、僕は願っています」(須﨑さん)
須﨑さんは、「介在犬」と呼ばれるトレーニングを受けた犬と一緒に小学校を訪れ、低学年の児童に向けた「動物介在教育」の講師も務めています。授業では、子どもたちに実際に犬たちと触れ合ってもらうのですが、初めて犬に触るという児童も一定数いるとのこと。コロナ禍以降は特に、子どもが動物に触れ合う機会が減っていると感じているそうです。
授業ではまず、犬との「あいさつ」として、子どもたちが手をグーにして犬の鼻の前にそっと差し出し、待ちます。クンクンと匂いを嗅いでくれたら、あいさつは完了。嗅覚が発達しており、匂いからさまざまな情報を得る犬にとって、いわば名刺代わりとなります。
では、街中で散歩中の犬に出会ったときも、このあいさつは有効なのでしょうか? 須﨑さんにお聞きしてみました。
「犬を驚かせないアプローチという意味では有効ですが、あくまで一例で、必ずこの方法でOKというわけでもありません。むしろ、先に飼い主さんに“さわってもいいですか?”などと声を掛けるほうがよいと思います。知らない人が苦手な犬もいれば、逆に人が大好きな犬も。犬との交流においても、飼い主である人とのコミュニケーションが重要になります。
僕がちょっともったいないなと感じるのは、お子さんが犬に近寄ろうとしたとき、保護者の方がとっさに“危ない!”と言ってしまうこと。もちろん、心配されてのことなので理解できるのですが、この声掛けだと、お子さんは“犬=危ない存在”だと認識してしまうんです。できれば、“犬を驚かせないように、ゆっくり行こうね”などと声を掛けてもらえると、人も犬も幸せになれると思います。
また、逆もしかりで、犬の子どもに対する社会化(※さまざまな刺激に慣れさせ順応すること)に、飼い主さんが取り組むことも大切です」(須﨑さん)
犬が人に与える癒しの効果や、幼少期から犬と過ごすことでの情操教育については、多くの研究によって有効だと証明されています。それでも、一つの命を生涯にわたり守っていく以上、軽い気持ちで受け入れることはできません。
子どもから「犬を飼いたい!」と懇願され、「ちゃんと世話できるの? 大変だし、責任重大だよ?」と言い聞かせて、我慢させてしまうことに悩む保護者の方もいるようです。こんなとき、子どもの思いに、どう向き合えばよいのでしょうか?
「僕は正直なところ、世話をすることの意味や価値を言葉で説明しても、子どもたちはまだ理解しきれないと思います。だからこそ、犬と一緒に暮らすことの喜びや命の温かさを、保護者の方が伴走しながら、お子さんに経験させてあげてほしいんです。
“トイレの世話できる?”と責任を課すのではなく、“どうすればトイレが上手にできるようになると思う?”と、一緒に考えて成長する機会にしてほしい。例えば、“この子がうちで楽しく暮らすには、どんなことが必要だと思う?”や、“トイレができれば、一緒に旅行にも行けるよ”などと、喜びや楽しみのために何が必要なのかという視点で、お子さんに提案していけるとよいのではと思います」(須﨑さん)
私たちに無垢な信頼と愛情を注いでくれる犬の存在。だからこそ、私たちも犬にとっての幸せのあり方を、真摯に考えていくことが求められます。
一方通行ではなく、愛情のキャッチボールを続けていくことが、本当の意味での「共生」であり「家族の一員」なのかもしれません。