POSITIONポジション

健康の道・サイクリングロード(徒歩2分/約150m)

風がちがう

そよ風吹く
リバーサイドの駅徒歩8分

明和橋を越えて歩む
軽やかなアプローチの先に、
家族が安らぐ場所がある。

健康の道・サイクリングロード 健康の道・サイクリングロード

健康の道・サイクリングロード
(徒歩2分/約150m)

「おかえり」と語りかけてくる
新中川の流れに想いを重ねて。
歩む足どりは軽く、
静かに頬を撫でる「風」に癒されていく。

image photo

image photo

水辺には人だけでなく、
あらゆる生物を惹きつけ、
夢中にさせるモノ・コト・トキが
ひしめきあっています。

航空写真 航空写真

航空写真

「一之江」駅より歩いてわずか8分、
リゾートのように気持ちのいい場所が
暮らしの舞台です。

  • 「一之江」駅

    「一之江」駅(徒歩8分/約580m)

    スーパーマーケット・マルエツなど
    便利が揃う「一之江」駅前

  • 健康の道・サイクリングロード

    健康の道・サイクリングロード(徒歩2分/約150m)

    明和橋の架かる新中川の風景は
    「えどがわ百景」にも選ばれています。

  • image photo

    image photo

    西には新中川と東京スカイツリー®が
    共演する風景が広がっています。

航空写真 航空写真

航空写真

POLE POSITION

全方位に美しい風景が広がる
開放の地。

眺望写真(現地5階相当より撮影)

家族が暮らす舞台は、西に新中川、南に明和橋児童遊園、東に低層の戸建て街という3方が開放的なプレミアム・リバーサイド。朝は鳥の声、せせらぎの音、草木の葉音で目覚め、夕刻には太陽とそよ風に癒される。駅前の利便を享受しながらも、水辺の自然まで手にできる貴重な場所といえます。

現地周辺イラスト 現地周辺イラスト

COLUMN

Rest(休息)・Relax(くつろぐ)・ReCreate(見つめ直す)
3つのRを備えた
Riverside Residence

リゾート地で水に浸るあの時間、身も心も軽くするあの感覚に似ているからでしょうか。水辺には人が心地いいと感じる3つの「R」が備わっていることをご存知ですか? Rest(休息)、Relax(くつろぐ)、そして、ReCreate(見つめ直す)。あなた自身を休息させ、くつろがせ、見つめ直させる。つまり、じぶんらしさへかえる場所。そして、じぶんらしさという問いにやさしく答えてくれる。そんな力が水辺にはあります。

出典:「パンデミックブルーから心と体と暮らしを守る50の方法(亜紀書房)」古賀良彦 著より

image photo image photo

image photo

HISTORY

椿村と称された
春江町の記憶を受け継ぐ。

  • 1688年ごろ(江戸時代初期)に
    一之江新田として開墾された街。

    一之江はその最初の記録である「葛西御厨注文(1398/室町時代)」より一之江境川を挟んで東一之江と西一之江として存在。江の文字が示す通り、「入江」があったのでそう呼ばれたと書いてあります。
    この地で一之江新田を開墾したのは豊臣家にも仕えた武士「田島家(元 堀田家)」の「田島図書」。その屋敷は一之江名主屋敷として現存し、江戸川区の登録重要文化財に指定。美しい長屋門や庭、蔵など日本美が凝縮されています。

    一之江名主屋敷

    一之江名主屋敷

  • 1710年(江戸時代中期)になると
    美しい椿が咲く「椿村」として隆盛。

    一之江新田内に美しい椿が群生していたことから「椿村」と称されていました。現在、椿の地名はなくなりましたが、周辺に残る椿の施設名「椿通り・新椿橋・南椿橋・春江ツバキ公園・椿親水公園・都営春江町椿住宅・第二椿児童遊園・区立椿中央会館・小松川警察署椿町駐在所・江戸川椿郵便局」はこの歴史に由来します。また、春江町は「椿=春」と「一之江=江」から取られて春江と名付けられているほか、「一之江名主屋敷」内にも椿が咲いています。

    image photo

    image photo

  • 新中川(旧江戸川)は将軍家御用達の
    茶水の地として名を馳せた。

    新中川(旧江戸川)は、江戸時代より美しい清流として語り継がれています。下今井熊野神社の境内には松尾芭蕉の句碑「茶水汲む おくまんだしや 松の花」があり、「おくまん」は熊野神社で、「だし」は出し杭(堤の決壊防止用杭)のこと。熊野神社前に流れる「その出し杭付近でとれる水は練れて澄み、美味しい水だ」と評判になり、将軍家御用達に。城中へ運び「お茶の水」として活用し始めると、江戸中に名が知れ渡り、「おくまんだしの水」として水売り船を作り、水事情が悪かった本所や深川、大島あたりで商売をする人も出てきたという逸話が語られています。

    ※出典:全て「江戸川区地名のはなし」

    image photo

    image photo