バウスマガジン
2025.03.28
自分らしく
人々の暮らしと密接に関わり、独自の生態系を生み出してきた「里山」。埼玉県三芳町にある「三富今昔村(さんとめこんじゃくむら)」は、江戸時代より約300年の歴史を持つ里山をフィールドとして、さまざまな自然体験が楽しめる場です。
今回お話をうかがったのは、「三富今昔村」で野草茶づくりなどの体験プログラムを担当している、薬草コンシェルジュの矢口瞳さん。
自身の身体と向き合い、植物が持つ力を取り入れることで「自分らしさ」を叶えていく——。そんなライフスタイルの魅力を探ります。
——「三富今昔村」では、野草茶づくりや1日養生体験プログラムなどが開催されていますが、具体的にはどのような内容なのでしょうか?
野草茶づくりのプログラムでは、私がお客様の体調や悩みなどをお聞きして、おすすめの組み合わせをご提案しながら、「自分にピッタリなブレンド」を作っていただきます。
一日養生体験では、野草茶づくりのほかにも、野草の入浴剤づくりや、里山散策などが盛り込まれています。
野草茶で使用しているものは、全てこの里山に自生している植物なので、実際に見ていただくこともできます。
ここは有機農法の認定を受けていて、落ち葉堆肥が伝統的に使われているので、化学薬品を一切使用していません。生で食べられるものは、その場で食べていただくこともあるんですよ。
——野草茶づくりでは、40種類もの野草茶のなかから、5、6種類を選んでブレンドしていくそうですね。
はい。私が里山の植生調査をしたところ、およそ250種類の植物が自生していることがわかったんですが、古来、薬草として使われてきたのはそのなかの140種類ほどでした。
そこから、年間を通じて採取しても里山の生態系に影響を与えないものを絞り込んで、最終的に40種類となりました。
——なんと、250種類の植物のなかから、40種類を絞り込んだのですか!
10冊くらい本を持ち込み、薬効などの文献と照らし合わせながら、さまざまな知見を総動員しての作業でしたね(笑)。
種類や特性の異なる植物がこれだけ数多く存在しているのは、里山の植物の多様性としても高いほうだと思います。
実は私たちも、野草茶づくりのプログラムを始めるまでは、里山の保全・再生活動の手入れの一環として、雑草を抜いていました。
でも昔の人たちは、それを薬草として活用してきたという歴史があります。
例えば、虫に刺されたらドクダミの汁、火傷したらヨモギの葉の汁、ケガにはチドメグサなど……。
「こうした古来の知識や、人と自然の共生関係がなくなってしまうのって、もったいないよね。雑草も“邪魔だから”という理由でゴミにしてしまうのは、もったいない」という想いが私たちのなかで生まれてきて、野草茶づくりが始まりました。
——先ほど試飲させていただいた野草茶ですが、もっと苦いのかと思っていたらすごく飲みやすくて驚きました! ヨモギの香りがふんわりと広がって、大変美味しかったです。
飲んでいただいたのは、ヨモギ、アカツメグサ、クリのブレンドです。肌が乾燥しやすく、身体も冷えやすい冬に合わせたブレンドにしてみました。
ヨモギは、春先なら生で食べても美味しいですよ。夏から秋になってくると、苦みが強くなってきます。
クリの葉は、クセがないので飲みやすいですし、肌のかゆみが気になる方は、皮を煮出してお風呂に入れるのもおすすめです。
ほかにも、ツクシが枯れたあとに芽を出すスギナは、味がスッキリしているので、どの野草とも組み合わせやすいですね。
しかもミネラルが豊富で、ほかの野草が持つ特性を高めてくれる役割を果たしてくれます。
体験プログラムでは、ご自身でブレンドした野草茶を試飲していただくのですが、みなさん、同じお茶でも感じ方がそれぞれに違うのが面白いです。
「苦みが強い」と感じる方もいれば、「全然苦くない」という方も。おそらく、その日のコンディションや不足しているミネラルの種類によって、身体の受け止め方が変わるのではないかなと思っています。
——プログラムに参加した方たちの反応も、興味深いですね。
「自宅に生えてくる雑草を取るのが大変で、それを使えるなら使いたいし、健康に良いなら一石二鳥だわ!」とおっしゃってくださいます。
「庭の手入れでドクダミを抜くと臭くて臭くて、それが本当にイヤで!」と言っていた方が、ドクダミのお茶を飲んで驚かれていました。
ドクダミは乾燥すると臭みがなくなるので、お茶にすると飲みやすいんです。
これまで「雑草」としか見てこなかったものが「野草」となり、「薬草」になるという、意識のポジティブな変化が起きるのは嬉しいですね。
ときに里山は「経済的な価値がない」と思われてしまい、実際に荒廃している里山も存在します。でも、けっして価値がないわけではありません。
そこで自生している植物と共生することが、結果的に私たちの身体の健康へつながるという一面も持っています。
私は薬草コンシェルジュとして、こうした暮らし方に豊かさを感じる「価値観」もあるのだということを、伝えていきたいと思っています。
——矢口さんは、薬草コンシェルジュのほかにも樹木医として里山の保全活動に関わっていますが、入社してから博士号を取得されたとか。
もともと大学では森林保護や生態系の保全といった分野を専攻していたので、それを活かしたいと思い、「三富今昔村」での仕事を選びました。
ですが、樹木に関してはある程度の知識があったものの、野草の一つひとつまでは全然わからなくて……。
「里山保全の活動に活かすためには、もっと勉強しないとダメだ」と痛感し、「仕事と並行して、大学院で植生調査の技術を学び直したい」と、社長に直談判したんです(笑)。
——働きながら大学院に通うなんて、すごい熱意ですね……!
学ぶのは好きだったので辛くはありませんでした。大学院での研究も、ここの里山をフィールドとして、管理の仕方で植物の多様性がどう変わるかを調査していたので、そのまま仕事に反映することができました。
そのなかで気づいたのは、土壌の重要性です。「生態系の保全」というと、そこに生息する動植物ばかりに意識が向きがちなのですが、実はそれらに大きく影響しているのが、土壌でした。
例えば、スギナやアカマツは乾燥した場所に生えるし、オオバコは人が踏み固めたような硬い土の場所に生息します。
ですので、野草を観察することで「オオバコが生えているということは、土がちょっと硬くなりすぎているね」と、管理や手入れの方法を探ることができるんです。
私自身、こうした活動を経て「土は言葉を発しないけれど、土地の声を代弁しているのが、そこに自生している野草なのだ」と、考えるようになりました。
里山の生態系を維持していくためには土の養生も必要で、そのためには、雑草をあえて抜かずに残しておくこともあります。
——矢口さんが薬草コンシェルジュとして、特に大切にしていることはなんですか?
野草茶や薬草など、自然の植物が持つ力が、私たちの暮らしに役立っていることは事実ですが、植物にとってこれらの特性は、あくまで自身が自然界で生き残るための戦略だったりします。
決して「人間のために生えている」わけではないので……。
それを、お客様が「面白い」と感じてもらえるよう、わかりやすく、楽しく伝える工夫をしたいと思っています。
里山のガイドや野草茶づくりを通じて、こうした特性や知識を具体的にお伝えしていくのが、私にできることなのかなと。
——2024年夏には、里山に自生している野草を集めたエリアとして、「本草の庭」がスタートしました。
社員みんなで土壌の改良から始め、セレクトした野草を森から持って来て植栽しました。落ち葉堆肥を土に混ぜる作業は、かなりの体力勝負でしたね(笑)。看板は古材を使って、みんなで手作りしています。
体験プログラムに参加された方に里山の森や「本草の庭」をご案内することもありますが、その際は、お客様が野草に関してどのような目的や興味を持っているのかをお聞きして、それに合わせてご紹介しています。
例えば、料理に使いたいなら食べられる野草、飲みたいならお茶に向いている野草、家で育てたいなら手入れしやすい野草、といった感じです。
生のサラダだと美味しいけれど、お茶には向いていないという野草もあるんですよ。
——矢口さんが今後、挑戦してみたいことはなんですか?
野草をブレンドしたお茶と入浴剤は、「三富今昔村」の施設内で販売しているのですが、今後はアイテムの種類を増やしていけるよう、商品開発を頑張っていきたいです。
まだ模索の段階ですが、野草の成分を抽出して化粧品やアロマスプレーにできないかと、試作を繰り返しています。
女性のほうが馴染みは深いかもしれませんが、最近は男性の方も野草茶や入浴剤をご購入されますので、多くの方に興味を持ってもらえるよう、視野を広げていければと思っています。
——野草に関する知識が深まると、いろいろと試してみたくなりますね。もし自分の生活に取り入れるとしたら、どのようなことから始めたらよいでしょうか?
無理なく始められるのは、庭やベランダの植木鉢に種が飛んできて、自然と生えてきたタンポポやハコベといった、代表的な野草です。
日々育っていく過程を楽しめますし、シソやヨモギは、成長したら料理に使うこともできます。乾燥させてお風呂に入れれば、天然の入浴剤としても楽しめます。
また、香りを楽しみたい場合はミントやローズマリー、ラベンダーといったハーブがよいかもしれません。
栽培する楽しさだけでなく、使う楽しさもあると、取り入れやすいのかなと思います。
——オリジナルの野草茶をブレンドするのは、「自身の身体の声に向き合うこと」であり、ある意味、自己に対する探究でもあるかと思います。矢口さんにとって「自分らしさ」とは、どのような意味を持っていますか?
「自分らしさ」への探究って、自分にとっての「好き」や「心地よさ」を見つけていくことじゃないかなと思っていて、そういう気づきのきっかけって、実は自然の中にたくさんあったりします。
「ここは心地よい場所だな」「この野草茶は好きだな」とか、単純に「私はこれが好き」というのがわかるだけでも、自分の内なる声を聞いていることになるのかなと。
逆に、苦手なものに気づくのも大切で、野草茶のなかで人気のヨモギですが、個人的にはあまり好きじゃなくて(笑)。海苔のような香りのするヒサカキがお気に入りです。
私は、自然と向き合っているときに、自分なりの「楽しい」に気づいたり、「好き」をもっと探してみたくなったりします。
リラックスした状態で五感を使い、「いいな」と感じるものを見つけていくことが、自分らしさにつながるのではないでしょうか。
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「春になればもっと野草が青々としてくるんですけど、冬の時期はちょっと寂しく見えちゃいますね。でも、寒さに強い種類もあるんですよ」
そう言いながら、「本草の庭」を案内してくれた矢口さん。野草の種類や特性について丁寧に説明してくださり、その膨大な知識量には驚くばかり。「野草について調べるの、楽しいですか?」という問いに、間髪入れず「楽しいです」と答えてくださったときの笑顔が、とても印象的でした。